Hope Chest |
* * *
数年前、ジャーナリストの福沢恵子さんが書いたエッセイで素敵な言葉に出会った――“hope chest”。
実は古臭い言葉で、若い娘が結婚生活の準備に銀器などのいろいろな小物をしまっておく箱(chest)のことを指す。幸せな結婚こそ女の子の生涯の夢と思われていたアメリカの50年代あたりまでは通用した、しかしいまでは「死語」と言うべき表現だ。そんなものを、なぜわざわざ紹介するのかと、いぶかるのも当然。
たしかに本来の意味では、もはや死語と言っていい。ただ、”hope chest”のそもそもの目標を「結婚」ではなく、一人一人のめざす「キャリア」に置き換えれば、そこに新たな息吹が吹き込まれないだろうか。サイマル・アカデミーに学びに来ている受講生は、具体的なキャリア転換を考えている人ばかりではないが、その多くが現状からのステップ・アップを模索していると思う。そして、模索には悩みが伴う。たとえば、いまのやり方で通訳者に本当になれるのだろうか、といった自問。
そんなとき、”hope chest”のことを思い出してほしい。いまはchestに大切なものをため込んでいるんだと。いますぐに箱の中身を取り出すというわけにはいかないが、英語力やその周辺の力をこつこつと蓄えていくことができれば、”hope chest”の中身を披露する舞台は必ずやってくるはずだ。大切なことは、他人の箱の中身を気にせず、一人一人が自分の”hope chest”をもち、その中に大切なものを少しずつ増やしていくことである。
アメリカで最初の黒人国務長官となったコリン・パウエルに、”Perpetual optimism is a force multiplier.”(常に楽観的であれば力は何倍にもなる)という言葉がある。“hope chest”にいろんなものを入れていく作業そのものが、パウエルの言う”perpetual optimism”を生み出す。chest(収納箱)はchest(胸)に通ずる。だから、“hope chest”は「希望に胸をふくらませる」とも読める。私は、そう勝手に解釈している。
サイマル・アカデミーに学んでいるすべての受講生の方に、この言葉――“hope chest”を贈ります。