アップリフターNo.13 |
earnという単語は、ときに日本語に訳しづらい。ふつうは「儲ける」「稼ぐ」という訳があてられます。が、その訳はearnという言葉のもつ根源的な意味からにじみ出た日常的な用法にすぎません。そのことを知るには語源を見る必要があります。
earnは古英語(Old English)のearnianが原形です。さらにさかのぼると、ルーツは西ゲルマン語。原意は”to do harvest work”、「(農作物を)収穫する」となります。ここから「儲ける」という現代的意味が導かれます。
ですから、「お金を儲ける」を英語で言うと、”earn money”となります。他の言い方として”make money”も可能です。ところが、この”earn money”と”make money”には、日常的には同じように使えても、本質的な違いがあります。”make money”は単に「お金を儲ける」であって、どのように金儲けをするかは問いません。”earn money”は違います。厳密に言うと、「働いてお金を儲ける」場合に限って、使うことができるのです。したがって、株で儲かった場合、本来はearnを使うことはできません。
もうひとつ例をあげます。「学位をとる」を英語で表現する場合、”earn a degree”と言います。学位をとるには相当の学問的努力が要求されます。学位の背後にある膨大な労力の存在を含意するにはearnはピッタリと言えるでしょう。
こういう感覚は英和辞典を見てもよくわかります。だいたいどの辞書も、earnの訳語として最初に出ているのが、「(働いて)もうける」「(働いた報酬として)得る」です。続いて、その応用形として、「(感謝・報酬など)を得るに値する」という訳が出てきます。今号のアップリフターで紹介する”Earn this.”のearnは、この意味のことです。
第二次世界大戦のヨーロッパ戦線で行われた史上最大の上陸作戦といわれるノルマンディ作戦を題材にした戦争映画が1998年に公開されました。スティーブン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(Saving Private Ryan)です。
ストーリーは読者の皆さんもよくご存じだろうと思います。多大な犠牲を払いながらノルマンディに上陸した米軍の一部隊を率いるジョン・ミラー大尉(トム・ハンクスが演じています)に空挺部隊員で行方不明になっているジェームズ・ライアン二等兵を救出するという任務が与えられます。
ミラー大尉以下8人が途中、犠牲を出しながらも、捜索のために敵中深く入り込んで行きます。結局ライアン二等兵を見つけた後も前線の橋を死守することを決めたミラー大尉は、橋の攻防戦の中、大半の仲間とともに敵弾に倒れます。死の間際、ミラー大尉がライアン二等兵に向かって言う言葉です――”James, earn this. Earn it.”
字幕では「ムダにするな。しっかり生きろ」となっていました。”Earn this.”のthisとは、ライアン二等兵を守ろうとして命を落としたミラー大尉やその部下たちすべてを指しています。失われた命の見返りに生き残った存在として、それに相応しい恥ずかしくない生き方をしろ――たった2語のこの言葉にそれだけの意味が詰め込まれています。earnという単語の出自のもつ深みのおかげです。
映画では、50年後のライアン二等兵がノルマンディにある戦没者墓地を訪れ、ミラー大尉の墓前で、こう語りかけます。
“Every day I think of what you said to me at the bridge. I’ve tried to live my life the best I could. I hope that was enough. I hope that at least in your eyes I earned what all of you’d done for me.”
「毎日、大尉が橋のところで言ってくれたことを考えてきました。全力で生きてきたつもりです。十分な生き方だったでしょうか。大尉から見て、あなたがしてくださったことに、私は報いることができたでしょうか」
そして、そばにやってきた妻の方を向いて、”Tell me I was a good man.”(私はいい人間だったかな)と声を絞り出すように尋ねます。”You are.”(いい人よ)――すべてを包み込むようなこの一言で、映画は終わります。