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2008年 08月 24日
少し前、海外出張からの帰り、飛行機の中で”Grow Your Own”というイギリス映画を観た。これがなかなかよかった。イングランド北西部のリバプール近郊を舞台にしたコメディだ。
物語は、実際に行われたあるプログラムを基にしている。トラウマを抱えた移民の精神ケアの一環として、市がケアを必要とする移民一家に家庭菜園の場所を与え、そこで野菜などを植え育てることで精神的な立ち直りのきっかけを提供しようというものだ。映画では、精神的トラウマを抱えた中国人男性とその子どもたちが、このプログラムに参加、土地を与えられる。その場所が、実は歴史のある家庭菜園場。 そこは、すでに退職をした高齢男性たちが長年のルールを頑なに守る、閉鎖的なクラブのようなところだった。メンバーは、外国人が突然入り込んできて秩序を乱されるのを嫌う。とくにその中心になるのが、映画『ブラス』で渋い炭坑夫役を演じたフィリップ・ジャクソン。戦前からの規則を持ち出してきて、外国人のガーデニングにあれこれケチをつける。その口上が実に可笑しい。 映画では、文化衝突に戸惑いながら、それを乗り越えようとする普通の人々の姿を共感をもって見ることができ、またイギリス人らしい乾いたユーモアを純粋に楽しむことのできる佳作だと思う。ただ、興行的にはあまり成功しなかったようだ。このためイギリスでの封切りは2007年だったが、日本にはやってこなかった。できれば、日本未公開作品としてDVDでレンタルできるようになってほしい。 すでに劇場上映は終了しているので、映画の内容を詳しく紹介しているサイトもない。制作にBBCが関わっていたこともあって、BBCのサイトに映画の簡単な紹介が載っている。 こちら YouTubeで"Grow Your Own"の予告編を発見。
2008年 02月 24日
タイトルがすばらしい。「君のためなら千回でも」。いま上映中の映画だ。舞台はアフガニスタン。70年代の共産革命前の時代から、革命、ソ連軍の侵入、タリバン支配と、翻弄される祖国を縦軸に、裕福な家庭の息子とその家の召使の子どもとの「友情」を描いている。アメリカ映画にもかかわらず、全編ほとんどダリ語だ。
率直な感想。カブール、革命、ソ連の侵攻、金持ちの息子と召使の子どもなど、興味をそそる素材とプロットで全体としてよくできていると思うが、なかには「それはないだろう」と感じるシーンが現れる。詳しい筋書きは映画でご覧いただくとして、たとえば主人公が成人後、単身タリバン支配のアフガニスタンに戻り、自分がともに少年時代を過ごした召使の子どもの息子(説明がややこしいが、その召使の子どもも成人して子をもうけている)を救い出す場面がある。そのとき、主人公はその子どものある勇敢な行動によって救われる。その展開が、私には安易なハリウッド仕立てに感じられ、興をそがれてしまった。 もうひとつは、タリバン政権下のアフガニスタンに潜入した主人公がスタジアムで行われた「姦通」を犯したとして男女一組が投石で殺される場面を目撃するシーン。この話は、タリバンの野蛮さを物語る好例として、よく持ち出されるもの。事実だろうと思う。ただ、主人公はソ連軍のアフガン侵入後、アメリカに亡命。映画では亡命後のアメリカ生活も描かれている。ことさらアメリカを美化しているわけでもないが、平穏でそれなりに豊かな生活を淡々と描いたあとに、先の場面を含めてタリバン支配下のおぞましい「現実」が目に飛び込んでくる。その対照的な描き方がやっぱりハリウッド的で、私は逆に感情移入できなかった。 しかし、そんな不満も最後の最後の1シーンで吹き飛んでしまう。主人公がアフガニスタンで助け出した召使の息子と、アメリカに戻ってきて凧あげをする場面。落ちた凧を、その息子のために拾いに行こうと走り出しながら、振り返って言う一言――「君のためなら千回でも」。ここで、涙が溢れた。もう一度見たい――そんな気持ちにさせてくれる見事な映画だ。 もう一回見る前に原作を読もうと思い買ってきた。”The Kite Runner”。作者はカレード・ホセイニ(Khaled Hosseini)。共産革命前の政権で父親が外交官をしていたことから、ソ連軍侵入後アメリカに亡命、現在は内科医として仕事をしている。これが処女作という。実は、映画の原題は、邦題と違って、この”The Kite Runner”。凧が小説の構成のカギとなる小道具なので、映画でも同じ題名をつけたのもよくわかる。だが、邦題の「君のためなら千回でも」の方が、映画としては注目効果は、はるかに高い。 小説も映画も、主題は「裏切り」「悔恨」「償い」。「君のためなら千回でも」はその主題の象徴的な言葉だ。小説では、”For you, a thousand times over.”と訳されている。もうひとつ、「償い」を表わす象徴的な言葉として登場するのが、”There is a way to be good again.”(もう一度いい人になれる道がある) 主題とは別に、この映画を見てハッとすることがある。アフガニスタンの人種差別が描かれているところだ。アフガニスタンの主要民族はパシュトゥーン族。他に少数民族がいろいろ存在するが、その一つがハザーラ族。日本人と同じモンゴロイド系で、映画では召使の親子がハザーラ族という設定だ。映画で容姿が違うと言って嫌がらせを受ける場面が登場する。小説では、そのあたりのことがもっと丁寧に描かれている。ハザーラ族が民族的、宗教的(ハザーラはシーア派)に差別を受けているということは知識として知っていたが、この映画のように視覚的に突きつけられるとインパクトが違う。 そんなこともあって、この映画はアフガニスタンでは上映禁止になっているという。この映画が、アフガニスタンにおける差別問題にも関心を寄せるきっかけになればと思う。 映画の公式サイトはこちら。
2008年 01月 19日
一風変わった映画を見た――『迷子の警察音楽隊』。イスラエルの映画だ。イスラエルのどこかの町にイスラム文化センターができたのを記念して、開会式典にエジプト・アレクサンドリアの警察音楽隊が招かれる。ところが、音楽隊は到着早々、隊員のミスから名前は似ているがまったく違う町に行ってしまう。そこは土漠のそばにできたうらぶれた町。とうぜんホテルはない。バス停近くのレストランの女主人に助けられ、隊員はそこに暮らす普通だがちょっとくせのあるイスラエル人の家に分宿する。その一夜のエジプト人とイスラエル人とのやりとりを描いた映画だ。
一度ならず戦火を交えた国同士。そんな隣国というだけでなく、ユダヤとアラブの確執がある。でも、そこは同じ人間同士。最初はとまどっても、同じメシを食い、会話を通してお互いのことを少しは知り合えば、心も打ち解けていく。と、見ている者はそんな浅知恵を働かせたくなるが、この映画の見事なところは、そういう定番の筋書きを裏切ってくれることだ。 宿を貸した側も借りた側も、お互いにぎこちなさを感じたまま出会い、そして別れていく。心が通い合う場面がないわけではない。でも、それは一瞬。また両者の間に気まずい空気が流れる。人と人との関係はそんなもの、と監督は割り切っている。でも、出会わないでいがみ合い続けるよりはマシ、と監督は考えている。そのことを、この映画で描きたかったはずだ。そう勝手に私は解釈した。 見終わって、ほのぼのとした気分に浸れる佳作である。東京では、シネカノン有楽町2丁目で現在上映中。
2007年 12月 24日
通訳のハイシーズンで辛いのは、たとえば朝仕事が入って1~2時間通訳をしたあと、午後の仕事がたとえば4時くらいから始まるとき。私のように都心に家がない者は喫茶店などで時間をつぶす以外にない。そこで、次の仕事にそれほど準備が要らないものの場合は、とりあえず映画に行くことにしている。ハリウッド系だと自宅周辺でも行けるので、名画系を選ぶ。
今回は、ハンガリー動乱を描いた映画。第一印象。当時のソ連やロシア人の描き方があまりに一面的で、そのことが映画をチープな感じにしてしまっているように思えた。たしかに描かれていることはほぼ真実なのだろうが、昔のアメリカの西部劇を見ているような感じがした。もったいない。 ハンガリー映画とは言え、プロデューサーがハリウッド大作を手掛けた人だと言うことなので、ああいう描き方になったのだろうか。また、これまでハンガリー動乱を描いた映画を見た記憶がないので、やはり最初はこういうステレオタイプの描き方は仕方ないのだろうか。 東京では、シネカノン有楽町2丁目で上映中。
2007年 09月 29日
仕事の合間に、映画『サルバドールの朝』を見た。スペイン・フランコ政権の末期、血気盛んな若者たちが反体制運動の資金を得ようと銀行強盗グループをつくる。次々と「資金調達」に成功するが、次第に追い詰められ、捕まりそうになった主人公・サルバドールは警官とのもみあいの中で発砲、警官一人が死亡する。牙をむいたファシスト政権は、十分な審理をしないまま死刑判決。映画では、死刑が執行されるまでの主人公と家族・友人とのやりとり、看守との触れ合いなどが描かれている。
これと似たような映画に、ナチス時代にビラを配ったというだけで即決裁判で死刑になったドイツ人の若者を描いた『白バラの祈り』がある。どうしても、これと比較してしまうが、『白バラの祈り』では、フランコ時代よりも厳しい時代背景ゆえにか、息が詰まるような時間がずっと続く。『サルバドールの朝』では、銀行強盗などという犯罪行為に手を染めるはずなのに、やる側はそんな重大なことではないように、まるでスポーツをやるかのように描かれている。時代背景や文化背景もあって、サルバドールの恋愛の話も描かれているが、どうも主題としっくり合っているように思えなかった。こういうテーマだからと言って、ことさら暗く描く必要はないだろうが、サルバドールという青年が「普通の人」だったことを強調したいがあまり、無理やりそういうエピソードを挿入したような違和感を感じた。 それにしても、死刑のやり方にショックを受けた。『白バラの祈り』では、ギロチンが使われていた。フランコ時代に使われていたあれは何と呼ぶのだろう。死刑囚をイスに座らせ、鉄製の首輪をつけさせる。その首輪には細長い万力のような棒が付いていて、死刑執行人が後ろから徐々にその万力を締めていく。鈍い音がしながら首輪が徐々に締まっていき、窒息死させるという方法だ。どんな死刑も残虐だが、その場面は本当にむごかった。 『サルバドールの朝』は、東京では日比谷のシャンテ・シネで上映中。
2007年 09月 17日
先日、仕事の合間に映画『オフサイド・ガールズ』を見た。イラン映画で、女子禁制のサッカー場にワールドカップ出場を賭けたイラン代表戦を見ようと、変装して場内に入り込もうとした少女たちと、それを取り締まる兵士たちとのやりとりをコミカルに描いた作品。イスラムと女性問題という重たいテーマを扱っていながら、笑わせつつ、さらっと仕上げているところが好感できる。
出演している少女たち、兵士たち、老人たちがそれぞれ個性豊かでおもしろい。ふだん垣間見ることのない国の日常生活を見せられると、「ああっ、どこでもいっしょだな」と、当たり前の反応が生まれ、親近感がわく。「悪の枢軸国」とアメリカから名指しされ、ニュースでも核開発のことでしか触れられない国だけに、その意味は大きい。 東京では、日比谷のシャンテ・シネで現在、上映中。 < 前のページ次のページ >
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