Live in the along. 「幸せってなんだっけ、なんだっけ」と歌う某しょう油会社のコマーシャルがありますが、あれを見ると、「これが答え」と思い出す言葉があります。もう10年近く前の『日経新聞』に掲載された元弁護士の中坊公平さんの見事な一文です。
「私のいいところは、幸せを感受する力が強いこと。シューマイ弁当、きれいな夕焼け、友との語らい。ほんのささいなことで『今、幸せや』という思いがわき起こり、シューと二十階建てのビルを飛び越えるくらい心が高揚して、疲れや憂さが吹っ飛ぶ。ところがそれは前触れもなくやってきて、長続きしない」
この中坊流回答のポイントは、私の独断解釈では次の二つです。一つ目は、幸福感の有無・多寡はその人の置かれた生活状態よりも、その人自身のもつ幸せを感じる力によって左右されるということです。こんな言い方をすると、人生相談にのっている占い師のようだと揶揄されそうで、ちょっとばつが悪いのですが、それでも中坊さんのあげている「ほんのささいな」例は、多くの人の日常的感覚に合うものでしょう。大げさな言い方をすれば、「だから人間捨てたものでない」と思えるのです。財力はあっても感受力が鈍感な人は幸せを感じにくいし、お金はなくとも敏感な感応性を身に付けた人は幸福感を得やすい――それだけ人は平等だということです。
そして、もう一つは幸福感の一過性、瞬間性です。人の感情というのは、ある意味ぜいたくなものです。幸せな気分がもう少し長持ちすれば、世の中もっと楽になるのに・・・。ただ、これもまた「だから人の世は平等」と言うこともできます。財力にかかわらず、幸せな気分は長続きしないという法則は万人に適用されるのです。
ところで、私は占い師ではありませんので、大事なのはここからです。幸せな気分が短命であればあるほど、その一瞬一瞬が大切となります。つまり、過去の幸せにすがるのでもなく、未来の幸せを待望するのでもなく、いまある現実の中で幸せを繰り返し感じるように生きることです。
実は、このことをあらためて教えてくれたのが、以前に紹介したアメリカのトークショー・ホストのオプラ・ウィンフリーが2008年のスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチでした。この中で、ウィンフリーは「幸せ探し」(finding happiness)について、グエンドリン・ブルックス(Gwendolyn Brooks)という黒人女性詩人(故人)の詩の一文を紹介しました。題名は”Speech to the Young, Speech to the Progress-Toward”(若者への言葉、前に進み行く者への言葉)。
Live not for battles won. / 戦い終えた勝ちいくさのために生きるな。
Live not for the-end-of-the-song. / 歌が終わるそのときのために生きるな。
Live in the along. / 進み行くいまを生きろ。
解説は無粋かもしれませんが、一文目の”battles won”とは「勝ちいくさ」のことで、過去を表わしています。二文目の”the-end-of-the-song”は「歌の終わり」――こちらは未来です。三文目のalongは「~に沿って」という意味の単語で、あえてこの用語を使うことで、時間的・空間的な進行状態を視覚的に表現しています。
この詩を紹介したうえで、ウィンフリーは卒業生に次の言葉を贈りました。
“…you have to live for the present. You have to be in the moment. Whatever has happened to you in your past has no power over this present moment, because life is now.”
「皆さんはいまのために生きなければなりません。いまこの瞬間を生きなければなりません。皆さんの過去に何があったとしても、それはこのいまの瞬間を支配する力をもちません。生きるとはいまのことだからです」
ephemeralという単語があります。ephemerid(カゲロウ)から来た言葉で「はなかい」という意味があります。「カゲロウ=はかない」という感覚は日本語独特というイメージが強かっただけに、ephemeralという単語を発見したときは日英の言語感覚のめずらしい一致に小躍りしました。幸福感はたしかにephemeralなものですが、だからこそ大切にする――その感覚もまた共通のものです。