Uplifters No. 25 |
素晴らしいドキュメンタリー映画でした。『ヤング@ハート』――平均年齢80歳のロック・コーラス・グループのコンサートまでの練習風景を追った作品です。アメリカ・マサーチュセッツ州の小さな町ノーサンプトンに1980年代に誕生したコーラス隊。レパートリーはフォークソングでもゴスペルでもなく、バリバリのロックンロール。ローリングストーンズもあればスティングも。そして、パンクからファンクまで。その歌唱力がすごい。声がきれいとかいうよりも、一つ一つの歌がおじいちゃん、おばあちゃん達の「自作」に見事に仕上げられているのです。
なかでも感動したのが、コールドプレイ(Coldplay)の”Fix You”を歌う場面。コールドプレイは1990年代に結成されたイギリスのバンドで、いまでは世界的なスーパー・バンドです。映画では、この歌をフレッド・ニトルという80歳の男性が歌います。ニトルは呼吸障害を患っており、携帯型酸素吸入器がかかせません。それで、呼吸するたびに大きな吸排気音をたてます。まるで映画スターウォーズのダース・ベーダーのように。
実は、ニトルはコンサートでこの歌を友人のボブ・サルビーニと共に披露することになっていました。ところが、サルビーニがコンサート直前に急死。当日、ニトルは友人への思いを込めて”Fix You”を熱唱します。その場面で涙が出ました。
涙のわけは、この歌の歌詞にあります。こんな感じです。”When you try your best but you don’t succeed / When you get what you want but not what you need / When you feel so tired but you can’t sleep / Stuck in reverse”(精一杯がんばったのにうまくいかなかったとき / 欲しいものが手に入ったと思っても、それが要らないものだったとき / 疲れきっているのに眠れないとき / 何をやっても裏目に出てしまう)
“And the tears come streaming down your face / When you lose something you can’t replace / When you love someone but it goes to waste / Could it be worse?”(そして涙が頬を流れ落ちる / かけがいのないものを失ったとき / 愛する人がいたのに、それが無駄になってしまったとき / これ以上つらいことなんてあるだろうか)。
人が挫折や喪失に突き当たったときに感じる、胸をかきむしられるような苦しみや悲しみを、この歌は普段着の言葉を使って見事に描いてくれます。”Stuck in reverse”(何をやっても裏目に出てしまう)――これなど、車をリバース・シフトにしたままギアを変えられない状況が視覚的に強調されて、情けなさ・惨めさが際立ちます。
そんな歌をニトルはすばらしいバリトンで切々と歌い上げます。呼吸をするたびに、吸入器の音をたてながら。原曲はもっと高いキーのファルセットで、これもなかなかいい味があるのですが、映画の中に入り込んだせいか、私はニトルの”Fix You”に魅せられました。
歌は、実は悲しみを歌うだけではありません。次の歌詞へとつながっていきます。”Lights will guide you home / And ignite your bones / And I will try to fix you”(灯が家路を照らし / 君の心の芯に火をともしてくれる / そして僕が君のこと直してあげる)
私は、”ignite your bones”という表現が気に入りました。igniteとは自動車用語にあるイグニション(点火)の動詞形で「火をつける」という意味です。bonesは骨。「骨に火をつける」――体の芯のところにそっと、それも消えることのない確かな命の火をつけてくれる、そんな動作が思い浮かびます。もう一つはfix。fixとは、モノなどを修理するというイメージです。人の心はモノではないので、ここでは「癒す」という訳の方が正確なのかもしれません。でも、「君のこと直してあげる」と言うと、何も特別なことはできないけれど、精一杯相手のために自分なりにジタバタやってみるという実直さがにじみ出ます。私は、その訳語の方がこの歌詞の世界にふさわしいと思いました。
本文に登場するフレッド・ニトルのパフォーマンスがYouTubeにありました。こちらです。