Uplifters No.31 |
アップリフターは本来、「気持ちを高める言葉」ですから、「~するな」「~になるな」といった否定形の表現はあまりふさわしくありません。が、今回は、そういう否定型の一文をあえて選びました。私なりの理屈があります。
意味は「遅すぎる者は、人生において懲らしめを受ける」。ソ連のゴルバチョフ大統領の言葉です。いまから20年前、当時の東ドイツを公式訪問した際、改革に抵抗する同国のホーネッカー第一書記をはじめとする保守派を皮肉って言ったとされています。本当はロシア語ではもっと長い表現だったのですが、通訳者がパンチの利いたこの一言にうまく訳したらしいのです。最近号の米週刊誌『TIME』の特集記事、”1989—The Year That Changed The World”(1989年―世界を変えた1年)で見つけました。
あの年は、たしかに世界史の分水嶺となりました。東欧、ソ連の社会主義体制があっという間に崩壊しましたし、アジアでも、中国の民主化運動は天安門で圧殺の悲劇に見舞われたものの、1990年に入って韓国、台湾で政権交代が実現しました。それも、この2国では、保守→非保守→保守と、政権交代は一度、周回済みです。一方、この20年を振り返ってみて、事実上、政権交代が起きなかった国は主要国の中で、(1993~94年の細川政権の10か月を除けば)日本だけです。『TIME』を読んで、その事実に私は改めてがく然としました。深い失望感がまとわりつきます。
その一方、私たちの周りには高揚感が広まりつつあります。衆議院の解散、そして8月末に行われる総選挙――失望感と高揚感の2つの感情の潮目にさしかかっているいまだからこそ、ゴルビーの寸鉄を今号のアップリフターに選ぶことにしました。
「政権交代のための政権交代など意味がない」という意見もあります。ただ、個人的な感触にすぎませんが、たとえば通訳の現場で出会う韓国の政治家は、昔に比べれば、より躍動的になり自己表現が巧みになりました。そのことは政権交代と関係しているというのが、私の勝手な見立てです。で、もっと言えば、そのことだけでも政権交代に意味はあったと、私は思っています。
政権交代には政権を担える準備の整った複数の政党が必要です。もし、今回の選挙で民主党中心の政権ができたとしても、野に下って政策力・政治力を研ぎ澄ます気力を持った政党が絶対に必要です。ちょっと皮肉に聞こえるかもしれませんが、そのとき自民党には野党らしい覇気をみなぎらせた政党になってほしいと思います。
Fareed Zakaria(ファリード・ザカリア)というインド人ジャーナリストがいます。米誌『Newsweek』でコラムを執筆しています。オバマ候補が大統領に当選した後に書いたそのコラムで、ザカリアは19世紀のアメリカの思想家であるRalph Waldo Emerson(ラルフ・ウォルドー・エマソン)の次のような言葉を引用しました。
“the party of Conservatism and that of Innovation … have disputed the possession of the world ever since it was made … Innovation is the salient energy, Conservatism the pause on the last moment.”(保守主義の政党と革新主義の政党は・・・その誕生以来、世界を掌中に収めようとずっと争ってきた・・・革新主義は突き上げるエネルギーであり、保守主義は最後の瞬間の小休止である。)
エマソンは革新主義のシンパなのでしょう。保守主義を「最後の瞬間の小休止」と形容するのは、保守派の人々に気の毒な気がします。しかし、何か新しいことにチャレンジするとき、一呼吸おいて態勢を整えることの大切さは、日常的な感覚として私たちに刷り込まれています。人生において、そして社会において、突き上げるエネルギーも小休止も大切なものなのです。
ただし、いまは日本にとって小休止の場面ではありません。突き上げるエネルギーを全面的に開放させる瞬間です。これまで遅すぎて、ちょっと懲らしめにも遭ってきましたが、こんな格言もあります。”It’s better late than never.”(遅くてもやらないよりはいい。)(7月25日記)