Uplifters No. 34 |
日本は幸せな国です。外国語ができなくても出世することができます。大学教育を受けるのに英語を必要としません。最先端の科学や思想を母語で学ぶことができます。明治維新の後、一部の選ばれた人々が外国に留学し当時の最先端の科学技術を学び、帰国ののち母語を用いてその知識を「国産化」しました。その繰り返しが明治から今日にいたる日本をつくってきました。
翻訳文化――という言葉があります。日本には翻訳本があふれています。「発信せず受容ばかり」という批判のシンボルのような言葉かもしれませんが、翻訳文化が隆盛したことが、外国語能力の有無にかかわらず、社会の中で成功し社会に貢献できる世の中を曲りなりにももたらしたのではないでしょうか。
「幸せ」と言いましたが、それは「不幸せ」と紙一重かもしれません。人は「外」に適度にさらされていないと、どうしても内向きになり、そればかりでなく、ときに排他的になります。ただ幕末時代のように、無理やり首根っこをつかまれて顔を外側に向かせられると、人は強烈な排斥感情をもつようになりますから、「外」との関係はやはりバランスが大事ということになります。
話が急に飛びます。最近、洋楽が売れません。Jポップという言葉が表わしているように、邦楽が洋楽のテイストを取り込んでしまったために、リスナーは邦楽で足りると感じているからでしょう。自分の狭い個人的体験にすぎませんが、私が若い頃は洋楽はもっと華やいでいました。懐旧的なもの言いになってしまいますが、あの頃はレコード一枚を通して、向こうの世界を想像し自分の周りの世界と比較するという思考作業をときにはやっていました。自らすすんで別の文化、別の世界を知ろうとすることは、人を謙虚にします。ひいては複眼的思考ができる度量が養われます。
さらに話が飛びます。日本人の留学生の数も減っています。2008年に行われた調査によると、2002年をピークに海外への留学者の数は一貫して下がってきています。理由は、少子化と不景気、そして「若者の内向き志向」と言います。「こじつけが過ぎる」と言われそうですが、洋楽が振るわない事実と留学生の数が減少している事実は大元のところで共通しているというのが私の見立てです。つまり外の世界に対する若者の関心が衰えているのです。
手前味噌になりますが、私は幸いでした。高校時代に留学したことが、その後の人生の起点となりました。紆余曲折を経て、いま会議通訳者として生活を営むことができているのも、そこが原点となっています。でも、もっと言えば、いまの自分のモノの見方を形作ったのもその時代でした。わずか1年ばかりの体験が私の人生の背骨をなしています。
そこで、今号のアップリフターです。ジュンパ・ラヒリ(Jhumpa Lahiri)という米国籍の女流作家がいます。両親ともカルカッタ出身のベンガル人。その作家が両親の生き様をモデルに書いた小説が”The Namesake”(邦訳名『その名にちなんで』)です。同じ題名で映画も最近つくられました。小説の中で、作家の父親がまだインドにいた若い頃、デリーに向かう寝台列車の中で同室になったベンガルの中年ビジネスマンに言われた言葉があります。そのベンガル人は移民労働者として英国に2年いたと語ります。そして、次の言葉。
「自分のためだよ。手遅れにならないうちに、あれこれ考えるまでもなく、枕と毛布だけを荷物にして、どんどん見聞を広める旅をするんだ。あとで悔やむようにはならない。ぼやぼやしてると手遅れだ」(Do yourself a favor. Before it’s too late, without thinking too much of it first, pack a pillow and a blanket and see as much of the world as you can. You will not regret it. One day it will be too late.)(日本語訳は小川高義)
この言葉通り、将来どうなるか不安なまま、父親は米国に雄飛します。この小説を生んだ作家を生み出した原点です。
青年よ、雄飛せよ!