Uplifters No. 37 |
「謝罪」と「赦し」――どちらか一方だけでは人はなかなか変われません。でも、その二つの歯車が完璧に噛み合ったとき、人は(当事者だけでなく、その周りの人たちも)驚くほど大きく変われます。
6月2日、アメリカ大リーグでデトロイト・タイガースとクリーブランド・インディアンズの試合が行われました。タイガースの先発はベネズエラ出身のアーマンド・ガララーガ(Armando Galarraga)選手。ことしのシーズン開幕時にはマイナー・リーグでプレイしていた無名に近い選手でした。そのガララーガ投手が、その日9回裏2死までノーヒット・ノーランの好投を見せていました。あと一人で完全試合達成。その打者が内野ゴロを打ち、一塁のカバーに入ったガララーガがベース上で返球をキャッチ。アウト!と誰もが思った瞬間、一塁塁審のジム・ジョイス(Jim Joyce)がセーフと判定し、完全試合の栄光は無名選手の手から滑り落ちました。怒るタイガース・ファン、監督も抗議をします。しかし、ガララーガはほほ笑むだけ。
事態は試合終了から30分後、意外な展開を見せます。ジョイス塁審が審判控室にガララーガを呼んだのです。そして、こう言います。
“I’m so sorry in my heart. I don’t know what to tell you.”(本当にすまない。なんて言えばいいのか。)
ジョイスは審判控室に戻ってきてから、試合のビデオ録画を見て、自分が誤審を下したことを悟ったのです。ガララーガによれば、ジョイスは「まだ審判のユニフォームを着たまま」で、憔悴しきっていたと言います。キャリア20年を超えるベテラン審判に、ガララーガはこんな言葉をかけます。
“Nobody’s perfect….We’re human, we make mistakes.”(完璧な者などいない。・・・人間なんだから、間違うこともある。)
のちに、ガララーガはテレビのインタビューに答えて、こんなことも言っています。
“He apologized to me, I gave him a hug. I’m sure the guy feels 100 times worse than me….The next day we turned the page. He’s professional, I’m a professional.”(ジョイスが「すまない」と言って、俺が審判の肩を抱いて・・・。審判の方が俺よりも100倍もつらい思いをしているはずだから。・・・次の日にはもう新しい気持ちでやっていた。審判もプロなら、俺もプロだから)
“turn the page”は、「ページをめくる」という原意が転じて、「仕切り直しをして前に進む」という意味になります。
ガララーガが言うように、この二人の歯車が完璧に噛み合うことによって、次の日には新しいページがめくられ、そして、その次の日にはまた新しいページがめくられていきました。翌日3日の第2戦では、あのとき抗議したタイガースの監督が、試合前に対戦チーム同士が審判に選手の先発表を渡すセレモニーに、ガララーガを送り、ジョイス主審に先発表を渡させるという粋な計らいを用意しました。そして、その姿を見た球場のファンたちが温かい拍手を送りました。
また、この事件から2週間後、現役メジャーリーガー100人を対象にした人気審判投票が行われ、ジョイスが53%の票を得て、ベスト・アンパイアに選ばれました。”He always calls it fair.”(ジョイスの判定はいつもフェアだ)が理由です。
マスコミでは、ガララーガがそのスポーツマンシップを褒め称えられました。たしかにその通りです。と同時に、ジョイス審判のフエア・プレーの精神も賞賛すべきものです。感情的な言葉の応酬や、ファンからのジョイス審判への中傷攻撃、審判やコミッショナーに対する不信の高まり――などの悪循環が起きても不思議でなかった状況で、あれだけの善意の良循環が起きたのは、誠意ある謝罪をしたジョイス審判と広大な赦しの気持ちを示したガララーガ選手が化学反応を起こして、次々とそれが周りに広がっていったからです。
「謝罪」と「赦し」という大テーマを語るには、これは小さなエピソードかもしれません。しかし、「小さなことに気をつけよ(Check small things.)」です。