2007年 03月 10日
アップリフターNo.5 |
He who knows enough is enough will be always happy.
城山三郎と言えば、経済小説のジャンルを切り開いた第1人者。それだけに、骨のある反戦小説を物にしていることは、それほど知られていません。が、もっと知られていないのが詩集を出していることです。
城山の詩の1つに『勲章について』があります。文化庁から紫綬褒章の授与の内示があり、妻がわくわくして夫に伝えたところ、城山は「もらわないよ、断ってくれ」と一言。「どうして」と妻。「物書きの勲章は野垂れ死」「国家にあれこれ・・・・・・」と大上段にまくし立て、それに妻がまた反論。『勲章について』は、その様子をコミカルに、そして夫婦げんかを終えた後のほのぼのとした2人の間の情感を描いています。
詩の最後の部分で、次のようなくだりが出てきます。「読者とおまえと子供たち、それこそおれの勲章だ。それ以上のもの、おれには要らんのだ」と大見得を切った城山は、念押しにもう一言――「足るを知らなくちゃ」。それからちょっと経って、城山が家の冷蔵庫のドアに付けてある料理メモを見たら、「知足常楽」という言葉が「仲間入り」していた。
城山の反骨精神もすごいが、「知足常楽」をさらりと「家訓」に仕立て上げる妻の豪放さはもっとすごいと、私はうなりました。
「足るを知れば常に楽し」――貪欲にならず控えめに満足することができれば、人生はいつも楽しい。表現は古くさいですが、いまの時代に見事にマッチした新鮮なメッセージです。
源流は、禅の教え、そして老荘思想(Taoism)です。禅の教えでは、これに近い言葉に「吾唯足知」(ワレタダタルヲシル)があります。老荘思想では、「知足者富」(足るを知る者は富む)という表現があります。
実は、この文章を書くに当たって、「知足常楽」の英訳文があるはずと思って、インターネットで探してみたのですが、これと断定できるものは見つかりませんでした。「知足者富」はありました。”He who knows contentment is rich.”と”He who knows he has enough is rich.”の2つです。
老子の引用句ウェブサイトを見ると、”He who knows that enough is enough will always have enough.”というのがありました。これは、「足るということを知っていれば、実はいつでも足りている」という意味の原文訳のようですから、「知足常楽」とは違います。”enough is enough”は慣用句で「もうたくさん」という意味があります。おそらく「知足常楽」は、「足るを知る」という老荘思想の基本哲学を応用して、のちに作文されたものでしょう。
そこで、サイトに紹介されている英文訳を参考にして、「知足常楽」を訳してみると。「知足者富」の英文、”He who knows contentment is rich.”を借用すれば、”He who knows contentment will be always happy.”という文章が考えられます。contentmentは「満足」という意味の硬い表現なので、この部分を”enough is enough”という少しくだけた言い回しに置き換えることもできます。そうすると、”He who knows enough is enough will be always happy.”となります。
いま地球温暖化の危機を描いたドキュメンタリー映画、『不都合な真実(An Inconvenient Truth)』が上映されています。私は、この映画を見てショックを受けました。そのあと、地球環境学者のジェームズ・ラブロック博士の”The Revenge of Gaia”(邦訳『ガイアの復讐』)を読んで、さらに強烈なパンチをくらいました。「持続可能な開発(sustainable development)」で軟着陸をとナイーブに思っていたところに、いまや必要なのは「持続可能な撤退(sustainable retreat)」と、ラブロック博士に突きつけられました。事態は相当深刻です。いま人類は、豊かさに対する考え方を根本的に変えることを強制される瀬戸際に来ているのかもしれません。
どうせ撤退するなら楽しく。「知足常楽」でいきましょう。
城山三郎と言えば、経済小説のジャンルを切り開いた第1人者。それだけに、骨のある反戦小説を物にしていることは、それほど知られていません。が、もっと知られていないのが詩集を出していることです。
城山の詩の1つに『勲章について』があります。文化庁から紫綬褒章の授与の内示があり、妻がわくわくして夫に伝えたところ、城山は「もらわないよ、断ってくれ」と一言。「どうして」と妻。「物書きの勲章は野垂れ死」「国家にあれこれ・・・・・・」と大上段にまくし立て、それに妻がまた反論。『勲章について』は、その様子をコミカルに、そして夫婦げんかを終えた後のほのぼのとした2人の間の情感を描いています。
詩の最後の部分で、次のようなくだりが出てきます。「読者とおまえと子供たち、それこそおれの勲章だ。それ以上のもの、おれには要らんのだ」と大見得を切った城山は、念押しにもう一言――「足るを知らなくちゃ」。それからちょっと経って、城山が家の冷蔵庫のドアに付けてある料理メモを見たら、「知足常楽」という言葉が「仲間入り」していた。
城山の反骨精神もすごいが、「知足常楽」をさらりと「家訓」に仕立て上げる妻の豪放さはもっとすごいと、私はうなりました。
「足るを知れば常に楽し」――貪欲にならず控えめに満足することができれば、人生はいつも楽しい。表現は古くさいですが、いまの時代に見事にマッチした新鮮なメッセージです。
源流は、禅の教え、そして老荘思想(Taoism)です。禅の教えでは、これに近い言葉に「吾唯足知」(ワレタダタルヲシル)があります。老荘思想では、「知足者富」(足るを知る者は富む)という表現があります。
実は、この文章を書くに当たって、「知足常楽」の英訳文があるはずと思って、インターネットで探してみたのですが、これと断定できるものは見つかりませんでした。「知足者富」はありました。”He who knows contentment is rich.”と”He who knows he has enough is rich.”の2つです。
老子の引用句ウェブサイトを見ると、”He who knows that enough is enough will always have enough.”というのがありました。これは、「足るということを知っていれば、実はいつでも足りている」という意味の原文訳のようですから、「知足常楽」とは違います。”enough is enough”は慣用句で「もうたくさん」という意味があります。おそらく「知足常楽」は、「足るを知る」という老荘思想の基本哲学を応用して、のちに作文されたものでしょう。
そこで、サイトに紹介されている英文訳を参考にして、「知足常楽」を訳してみると。「知足者富」の英文、”He who knows contentment is rich.”を借用すれば、”He who knows contentment will be always happy.”という文章が考えられます。contentmentは「満足」という意味の硬い表現なので、この部分を”enough is enough”という少しくだけた言い回しに置き換えることもできます。そうすると、”He who knows enough is enough will be always happy.”となります。
いま地球温暖化の危機を描いたドキュメンタリー映画、『不都合な真実(An Inconvenient Truth)』が上映されています。私は、この映画を見てショックを受けました。そのあと、地球環境学者のジェームズ・ラブロック博士の”The Revenge of Gaia”(邦訳『ガイアの復讐』)を読んで、さらに強烈なパンチをくらいました。「持続可能な開発(sustainable development)」で軟着陸をとナイーブに思っていたところに、いまや必要なのは「持続可能な撤退(sustainable retreat)」と、ラブロック博士に突きつけられました。事態は相当深刻です。いま人類は、豊かさに対する考え方を根本的に変えることを強制される瀬戸際に来ているのかもしれません。
どうせ撤退するなら楽しく。「知足常楽」でいきましょう。
by homaranisto
| 2007-03-10 21:00
| アップリフター/Uplifters

