Ne estu avara je donado, sed ne donu vian neutilaĵon. |
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2011年 03月 20日
“Ne estu avara je donado, sed ne donu vian neutilaĵon,” diris Patrino Tereza. Popoloj en Tohoku nun multe suferas de la plej granda tertremo kaj cunamo en la postmilita Japanio. En tia grava situacio, ĉiuj homoj devas senti malĝojon de suferantoj, kaj helpi ilin siamaniere. Unu el helpiloj estas mondonaco. Estas laŭdinde, ke multe da homoj oferas kelke da mono al viktimoj. Tamen ĉiuj simpatiantaj homoj devas eviti donadon de sia restaĵo. La sumo devas esti tiom multa, kiom doloras vin. Mi ankaŭ donos monon, kies sumo iom doloros min. Mia koro restas kun la viroj kaj virinoj travivantaj malfeliĉojn.
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by homaranisto
| 2011-03-20 20:39
| Solbabilado
2010年 11月 10日
I know to separate the wheat from the chaff, and let the small stuff fall away.
「年をとるのもそんなに悪いもんじゃない」と、この映画を観たとき思いました。『ストレート・ストーリー』(The Straight Story)――1999年のアメリカ映画です。実話をベースにしたストーリーで、アイオワ州に住む73歳のアルビン・ストレートが小型トラクター(というか実は芝刈り機)に荷台をつけて、350キロ離れたウィスコンシン州に暮す兄に会いに行くという話です。 アルビンは足が悪く杖を使わないとうまく歩けません。そんなアルビンのところに、実兄のライルが脳卒中で倒れたという連絡が入ります。ライルとは10年以上前、あるつまらないことで喧嘩してから音信不通のままでした。いま行かないと後悔すると決心したアルビンは、時速8キロしか出ない小型トラクターに乗り、中西部の大草原を横切る国道をひたすら東に進みます。3週間にわたる旅の途中、アルビンはいろいろな人と出会い、そこで心温まるやりとりが交わされます。なかでも、旅中で会う人々との会話がすばらしい。アルビンの「円熟」という言葉を超えた古酒の味わいのような言葉に心が本当に満たされます。 たとえば、あるとき自転車のロードレーサーの集団と遭遇します。若いロードレーサーたちがアルビンのそばに来て、こんなことを聞きます。「年をとっていいことは?」 これに対するアルビンの答え。「目も足も弱っていいことなどありゃせんが、経験は積むからな。年とともに実と殻(から)の区別がついてきて、細かいことは気にせんようになる」(I can’t imagine anything good about being blind and lame at the same, but still at my age I’ve seen about all that life has to dish out. I know to separate the wheat from the chaff, and let the small stuff fall away.) 農民であるアルビンとこの言葉が見事にはまるので、実話でも本当にこういう言い方をしたのか興味のあるところですが、それにしても見事な返答です。”Let the small stuff fall away.”(細かいことは気にせんようになる)がいい。文字通り訳せば「小さなものは下に落ちていく」。自然体の雰囲気がよく出ています。 こんな場面もあります。毎日乗り続けてきたトラクターが途中、壊れてしまいます。そのとき親切に自宅の庭に泊まらせてくれた中年夫婦の紹介で、修理工が2人やってきます。兄と弟。この2人が仕事そっちのけで兄弟げんかを始めます。それをみかねたアルビンがこう諭します。 「年の近い兄弟ほど自分のことを知ってくれている者はいない。世の中で自分のことを一番よく理解してくれているのは自分の兄弟。私と兄とは、あのときお互いに許せないことを言い合って別れてしまったけど、それはもう過去のことにしようと思う。この旅は自分の我を捨てる旅。間に合えばいいが・・・。兄は兄だから」(There’s no one knows your life better than a brother that’s near your age. He knows who you are and what you are better than anyone on earth. My brother and I said some unforgivable things the last time we met, but I’m trying to put that behind me…and this trip is a hard swallow of my pride. I just hope I’m not too late…a brother’s a brother.) “a hard swallow of my pride”という言葉が登場します。swallowは「飲み込む」。直訳すれば、「プライドをぐっと飲み込む」という意味です。こういう芸当も、老熟に伴って長けてきます(ますます頑迷になるという逆ベクトルが働く場合もありますが)。 ところで、アルビンのこの円熟を極めた言葉は人の場合にだけ適用できるのではなさそうです。たとえば最近、尖閣列島問題でとげとげしいやり取りが続いている日中関係。円熟した2国関係であれば、「細かいことは気にせん」ようにして、互いに「プライドをぐっと飲み込」めば、仲直りできるのではないでしょうか。成熟しても、頑迷になってはいけません。 #
by homaranisto
| 2010-11-10 21:12
| アップリフター/Uplifters
2010年 09月 10日
If you don’t know where you are going, any road will get you there.
私は民間の通訳学校で通訳技術を教えています。その学校では、他の通訳学校と同じように、「準備科」といった初心者向けから、「同時通訳科」の本格的なレベルまで、受講生が2~4年かけてステップアップできるようにコースが体系化されています。謳い文句は、他の通訳学校同様、成績優秀者はその学校を運営する通訳派遣会社に登録できるというものです。が、現実は厳しい。どこでもどのレベルでも通訳者が必要という場面は、すでに昔のことです。通訳者はキャリアの出発点から狭まり続けるチャンスに、なんとか身を押し込んでいかねばなりません。 単純な計算ですが、たとえば通訳学校の「準備科」に入る受講生が70~80人いるとすると、そのうち「同時通訳科」まで生き残り、そこを卒業した上で、通訳派遣会社への登録にまでこぎつけられるのは1~3人です。ほとんどが、志を立ててもプロの通訳者のとば口にまでもたどり着けないのです。 通訳学校で「同時通訳科」を教えている私は、1年に一度この厳しい運命の宣託に手を貸します(実際の最終判定はいっしょにティーチングをしている先輩講師の方がするので、こんな言い方になります)。「不可」を言い渡される受講生にはあまりにつらい瞬間です。それまで2年とか4年とか費やしてきた時間と金と苦労が一瞬のうちに消え去り、次の一歩をどう踏み出せばいいか途方に暮れてしまいます。 そんな受講生に、コースの最後の日、私は次の言葉を贈ります。 “If you don’t know where you are going, any road will get you there.”(どこに行きたいかわからなければ、どの道を行ってもどこかにはたどりつく。) 不思議な言葉です。ふつう「どこに行きたいかわからなければ」とくれば、「どこにもたどり着けない」という文章が続くと考えます。文章的に構成がどこかちぐはぐです。それもそのはず、この一文は、寓話に満ちた”Alice’s Adventure in Wonderland”(不思議の国のアリス)からとったものです。アリスが不思議の国でCheshire Cat(チェシャー猫)に出会います。チェシャー猫というのは、ディズニー映画に登場する体がシマシマでニヤニヤ笑うあの猫です。 アリスが「あたしはここからどっちへいったらいいのかしら」と聞くと、チェシャー猫は「あんたがどこに行きたいかによる」と返事。アリスは「どこでもいいんだけど・・・でもどっかへはつきたい」。すると猫が「ああ、そりゃどこかへつくよ、まちがいなく。たっぷり歩けばね」(Oh, you’re sure to do that, if you only walk long enough.) この場面をまとめた言葉が冒頭の一文です。実は、この文章はビジネス関係で会社経営の警句の一つとしてときに引用されるものです。趣旨ははっきりと経営の目標を定めないかぎり、効率よく目標に到達できないというものです。グズグズ、ダラダラするなという警告です。私が、この一文を知ったのもそういう場面でした。 その後、この言葉に興味をもち、原典の『不思議の国のアリス』の該当部分を読み、その意味するところをつらつら考えていると、本当の意味は逆ではないかと思い始めました。この文章の後半部分、「どこかへつくよ、まちがいなく」というのは否定的な意味ではなく、もっと前向きな意思が込められているのではないか。どこに行くかわからなくても、歩き続ければ、時間はかかっても必ずどこかにはたどり着くことはできる――それこそがチェシャー猫のメッセージではないかと思えるのです。 たとえば4年間、通訳学校で勉強して、それでもプロ通訳者としての一歩を踏み出すことができなかったとしても、自分が学んできたものは無駄にはならないし、そこからさらに先に歩み続けていけば、まちがいなくどこかにはたどり着くことができるはずです。 日本語で「牛歩」、英語で”snail’s pace”(蝸牛の歩み)を讃える名句です。 #
by homaranisto
| 2010-09-10 21:10
| アップリフター/Uplifters
2010年 07月 10日
I’m so sorry in my heart.—Nobody’s perfect.
「謝罪」と「赦し」――どちらか一方だけでは人はなかなか変われません。でも、その二つの歯車が完璧に噛み合ったとき、人は(当事者だけでなく、その周りの人たちも)驚くほど大きく変われます。 6月2日、アメリカ大リーグでデトロイト・タイガースとクリーブランド・インディアンズの試合が行われました。タイガースの先発はベネズエラ出身のアーマンド・ガララーガ(Armando Galarraga)選手。ことしのシーズン開幕時にはマイナー・リーグでプレイしていた無名に近い選手でした。そのガララーガ投手が、その日9回裏2死までノーヒット・ノーランの好投を見せていました。あと一人で完全試合達成。その打者が内野ゴロを打ち、一塁のカバーに入ったガララーガがベース上で返球をキャッチ。アウト!と誰もが思った瞬間、一塁塁審のジム・ジョイス(Jim Joyce)がセーフと判定し、完全試合の栄光は無名選手の手から滑り落ちました。怒るタイガース・ファン、監督も抗議をします。しかし、ガララーガはほほ笑むだけ。 事態は試合終了から30分後、意外な展開を見せます。ジョイス塁審が審判控室にガララーガを呼んだのです。そして、こう言います。 “I’m so sorry in my heart. I don’t know what to tell you.”(本当にすまない。なんて言えばいいのか。) ジョイスは審判控室に戻ってきてから、試合のビデオ録画を見て、自分が誤審を下したことを悟ったのです。ガララーガによれば、ジョイスは「まだ審判のユニフォームを着たまま」で、憔悴しきっていたと言います。キャリア20年を超えるベテラン審判に、ガララーガはこんな言葉をかけます。 “Nobody’s perfect….We’re human, we make mistakes.”(完璧な者などいない。・・・人間なんだから、間違うこともある。) のちに、ガララーガはテレビのインタビューに答えて、こんなことも言っています。 “He apologized to me, I gave him a hug. I’m sure the guy feels 100 times worse than me….The next day we turned the page. He’s professional, I’m a professional.”(ジョイスが「すまない」と言って、俺が審判の肩を抱いて・・・。審判の方が俺よりも100倍もつらい思いをしているはずだから。・・・次の日にはもう新しい気持ちでやっていた。審判もプロなら、俺もプロだから) “turn the page”は、「ページをめくる」という原意が転じて、「仕切り直しをして前に進む」という意味になります。 ガララーガが言うように、この二人の歯車が完璧に噛み合うことによって、次の日には新しいページがめくられ、そして、その次の日にはまた新しいページがめくられていきました。翌日3日の第2戦では、あのとき抗議したタイガースの監督が、試合前に対戦チーム同士が審判に選手の先発表を渡すセレモニーに、ガララーガを送り、ジョイス主審に先発表を渡させるという粋な計らいを用意しました。そして、その姿を見た球場のファンたちが温かい拍手を送りました。 また、この事件から2週間後、現役メジャーリーガー100人を対象にした人気審判投票が行われ、ジョイスが53%の票を得て、ベスト・アンパイアに選ばれました。”He always calls it fair.”(ジョイスの判定はいつもフェアだ)が理由です。 マスコミでは、ガララーガがそのスポーツマンシップを褒め称えられました。たしかにその通りです。と同時に、ジョイス審判のフエア・プレーの精神も賞賛すべきものです。感情的な言葉の応酬や、ファンからのジョイス審判への中傷攻撃、審判やコミッショナーに対する不信の高まり――などの悪循環が起きても不思議でなかった状況で、あれだけの善意の良循環が起きたのは、誠意ある謝罪をしたジョイス審判と広大な赦しの気持ちを示したガララーガ選手が化学反応を起こして、次々とそれが周りに広がっていったからです。 「謝罪」と「赦し」という大テーマを語るには、これは小さなエピソードかもしれません。しかし、「小さなことに気をつけよ(Check small things.)」です。 #
by homaranisto
| 2010-07-10 21:08
| アップリフター/Uplifters
2010年 05月 10日
Hard Times Come Again No More
これは私の勝手な思い込みですが、悲しい歌には効能は同じでも2種類のタイプがあります。第1のタイプは、歌の中で描かれる悲しみの世界に浸りきるもの、自分の悲しみを歌の世界と同化させ、悲しみを倍加させることで逆に自分自身を浄化させるものです。言わば、自らをさらに深みに追い込むことで、勢いをつけて悲しみ気分から抜け出す手法です。もうひとつのタイプは、悲しい歌なのだけれども、そこに「曙光」のようなものを感じ、それを「導きの灯り」として悲しみを癒してもらうというものです。つまり、この2つのタイプは、「浄化」「癒し」という効能は同じでも、手口が違うのです。前者は「追い込み」型、後者は「引き上げ」型とでも呼べるでしょうか。 今回紹介するアップリフターはある歌の題名です。その歌は、私の分類法によれば、後者の「引き上げ」型に入ります。”Hard Times Come Again No More”(つらい日々よ、もう来ないでくれ)の作者は、Stephen Foster(スティーブン・フォスター)――言わずと知れた「アメリカ民謡の父」です。私はこの歌のことを最近知り、作者がフォスターとわかって意外に感じました。フォスターの歌と言えば、私の場合、中高生時代の音楽の授業で初めて聞いたものがほとんどで、アメリカらしい明るく楽しげな歌、そして郷愁を誘うメロディが焼き付いていたからです。たとえば『おおスザンナ』(“Oh, Susanna”)、『故郷の人々』(“Old Folks at Home”)や『ケンタッキーの我が家』(“My Old Kentucky Home”)のような。 今回、フォスターの歌をいくつか聞きなおしてみて、当時の黒人の哀愁を歌っているものが多いことに改めて気付かされました。先に挙げた3曲に登場する人物はすべて黒人です。このように書くと、フォスターが当時、南部の黒人に深い同情を抱いていたように思われるかもしれませんが、歌の世界と現実の世界は別で、フォスターの生活はほとんど黒人との接点をもっていませんでしたし、むしろミンストレル (minstrel)を呼ばれる白人が顔にスミを塗って黒人に見せかけて滑稽に踊り歌うショーに歌を提供することで、ステレオタイプな黒人像をつくることに手を貸していたと言えます。また、フォスターの曲によく出てくる”darkey”という言葉は、「くろいの」という感覚の差別語です。 それでも、フォスターの名誉のために言えば、『故郷の人々』にしても『ケンタッキーの我が家』にしても、歌から伝わってくるものは、苦しい惨めな生活を強いられる黒人奴隷たちへの温かいまなざしです。それがフォスターの歌に流れる独特の郷愁感を生み出しています。 "Hard Times Come Again No More"にも同じ郷愁感が漂っています。ただ、この歌には黒人は登場しません。1850年代初め、フォスターがピッツバーグで暮らしていたとき、不況の影響で多くの人々が過酷な生活を強いられます。記録によると、フォスター家にも家を失った労働者が一人身を寄せたといいます。 フォスターはこう歌います。歌のサビの部分です。"Tis the song, the sigh of the weary / Hard times, hard times, come again no more / Many days you have lingered around my cabin door / Oh hard times come again no more" (疲れ果てた者たちの歌、そして溜息 / つらい日々、つらい日々よ、もう来ないでくれ / 何日もおまえは表戸の周りにまとわりついて離れようとしない / つらい日々よ、もう来ないでくれ) 悲哀に満ちた歌詞です。でも、郷愁感漂うフォスターのメロディ・ラインのせいでしょうか、私はこの歌を聞くと心が洗われるのです。よし、もうひと踏ん張りしようという気力が湧いてくるのです。この歌には、希望の「曙光」があります。 実は、この歌を知ったのは、"Hopes for Haiti Now"というハイチ大地震の被災民の救済を目的としたアーティストたちの企画アルバムでした。この中で、R&B歌手のメアリー・ブライジがこの曲をカバーしていました。企画にピッタリの曲でした。押しつけがましい励ましの代わりに、悲しみに暮れる人びとに寄り添いながら、そっと希望の灯りを手渡してくれるのです。 #
by homaranisto
| 2010-05-10 21:05
| アップリフター/Uplifters
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